ニック・ケイメン:オリジナル・インフルエンサー

英国の男性達の着こなしを変えた男の人生を讃えて・・
ライター、ピーター・ハワースより

アイコニックな「Launderette」の広告に登場したニック・ケイメン

先月、モデルでありミュージシャン、ソングライターでもあるニック・ケイメンが亡くなったという悲しいニュースが届けられた。そのニュースは、1985年にエセックス出身の一人の青年がコインランドリーを訪れ、英国男性の着こなしに小さな革命を起こした特別な瞬間を思い出させた。


勿論、私がここで思い出したのは、1985年のボクシングデーにイギリスのテレビで放映された、リーバイス社の有名なCM「The Launderette」の事である。このCMではニック・ケイメンが50年代のコインランドリーに入り、紙袋に入った石を洗濯機に投入する。それからボクサーパンツ1枚になり、501ジーンズを洗濯槽に投げ込み、文字通りストーンウォッシュするのである。その場にいた女の子たちは面白がって喜んでいるが、年配の人たちは当惑している。主人公は白いボクサーパンツと靴下だけを身につけて平然と座って雑誌を読み、洗濯サイクルが終わるのを待ってCMは終わる。


1983年にレーベル「Red or Dead」の設立者の一人でファッションデザイナーのウェイン・ヘミングウェイは、昨日のBBCの朝番組ブレックファストで「これは完全にアンダーグラウンドだった当時のクラブカルチャーから生まれた広告だ。インターネットもソーシャルメディアもなかったので、それまでこういった物事はアンダーグラウンドのままだったけど、このCMがメインストリームのテレビにクラブカルチャームーブメントを紹介したんだ」と説明している。ヴィンテージ風の演出とマーヴィン・ゲイのサウンドトラック(I Heard It Through The Grapevine)が印象的なこの広告は、80年代のクラバー達に人気だった50年代風のヒップなスタイルを、一般大衆のリビングルームに持ち込んだのだ。


勿論、その話題の中心となったのは、若き日のエルビスのようにカールを額の上まとめた黒髪のヘアスタイルと魅惑的な美貌を持つニック・ケイメンだったが、興味深いことにリーバイス社のLaundretteの広告はアメリカ風でありながら、マンハッタンのソーホーではなくロンドンのソーホーの広告会社、Bartle Bogle Hegartyが脚本と制作を担当した英国の作品だった。またケイメンはミシシッピ出身の少年ではなく、英国エセックス州のハーロー出身。さらに彼がリーバイスの下に履いている白いボクサーパンツは、英国ロングイートンのサンスペル社製のものだったのだ。


ポピュラーカルチャーの面白い所は、予測不可能な所にある。定義によれば「人気」があるからこそ人の心を捉え評判になり、独自の歴史を作り上げるのだ。それはマーケティングや広告業界にとっては聖杯のようなもので、物事がデジタルプラットフォームで拡散されていくと言う概念が生まれるずっと前から、このリーバイス社の広告とケイメンのような事が起こっていたのだ。


アイボー・ネビル・ケイメン(Ivor Neville Kamen)として生まれたニック・ケイメンは、リーバイス社の広告に起用される以前から、ロンドンのクラブシーンで活躍し、アビエイターサングラスとプーマのニット帽をかぶり有名スタイルマガジン「The Face」1984年1月号の表紙を飾ったりしていた。しかし彼が世間の注目を浴びるきっかけとなったのは、このBartle Bogle Hegartyが描いた米国の架空の「Launderette」の広告に出演した事からだった。その後マドンナから「Each Time You Break My Heart」という曲で共演を依頼され、それが彼の名を冠したデビューアルバムのリードシングルとしてリリースされた。この曲はマドンナとスティーブン・ブレイが作詞・作曲・プロデュースを担当し、ポップの女王がバッキングボーカルを担当した。ヨーロッパ各地でトップ10入りし、イギリスのチャートでは5位を記録した。ニック・ケイメンはミュージシャン、ソングライターとして長年に渡りキャリアを積んだが、長い間がんの闘病をし、59歳で亡くなった。


リーバイス社はニック・ケイメンに感謝が尽きないだろう。この広告のおかげで501ジーンズの売り上げは800%増加したと言われおり、リーバイス社は生産が追いつけなかった為、CMの放送を中止しなければならなかったぐらいだったのだ。またサンスペル社も彼には感謝しているだろう。サンスペル社は1947年にロングイートンでボクサーパンツの製造を開始して以来、英国にボクサーパンツを広める努力を続けていたが、このCMが流れるまではボクサーショーツは常にニッチな下着として扱われていた。


しかしニック・ケイメンはその状況を一変させた。ニック・ケイメンと同じ80年代のクールな集団の一員だった放送作家でありスタイルジャーナリスト、作家でもあるロバート・エルムスは、「コインランドリーの少年以前は、誰もボクサーショーツを履いていなかった」と語っている。そしてこの広告のインパクトについてエルムスは、「当時の流行の先端を行くニック・ケイメンが履いていたサンスペルの白いコットン製のボクサーは、時代を超えてクールでありながら、現代的で精悍な印象を与え、男の下着の選択肢の一つになった」と述べている。ボクサーショーツを古臭いものと考えていた男性達が一夜にして、ニック・ケイメンのようになりたいと願い、ボクサーショーツを大量に購入したのだ。それ以来白いコットンのサンスペルボクサーは、知る人ぞ知る男の下着の選択肢となったのだ。

Ivor Neville “Nick” Kamen. 15 April 1962 – 4 May 2021.
アイボー・ネビル・"ニック"・ケイメン - 1962年4月15日 - 2021年5月4日

ピーター・ハワース –「The Times Luxx」誌のメンズスタイルスペシャリスト「Arena」、「Esquire UK」、「Man About Town」の元編集者