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サンスペルの中心となってきた人々

2016年7月29日

確かに陳腐な決まり文句だとはわかっていても、どうしても言ってしまうことがあります:企業とはゆきつくところ、そこで働く人が主役なのです。そしてこれはサンスペルとっても紛れのない真実なのでしょう。敬愛すべき創業者トーマス・A・ヒルに始まり、何世代にもわたって品質にこだわった英国製衣料のために身を粉にして働いてきたファクトリーの従業員やデザイナーに至るまで、多くの人たちがサンスペルを支えてきました。

もちろん、偉大な「長老トーマス」抜きでこの長い物語を始めることはできません。彼こそ、量よりも質を重んじ、ヴィクトリア朝の真っ只中で思い切って起業した人なのですから。しかし、彼はひとりではありませんでした。ノッティンガムのニューディゲイトに産声をあげたトーマス・ヒル社、初めての工場の熟練した500人の従業員が一緒だったのです。

彼ら(この当時、従業員のほとんどは男性でした)は、しなやかで強く耐久性のあるライルコットンで高品質のストッキングやソックスを作るすべを熟知していました。時代を経て、そのノウハウは従業員から従業員へと受け継がれ、ヒル家もまた世代から世代へと、それを支えていきます。

その後、トーマス=アーサー・ヒルが精魂を傾けたのは、まだ発展途上にあった極東マーケットへの輸出です。そして19世紀が終わり新世紀を迎えるにあたってトーマス=アーチボルド=モンゴメリ・ヒルは生産拠点をノッティンガムからロングイートンへ移転しました。こうしてヒル一家による舵取りと革新は続きます。1940年代、ジョン・ヒルがボクサーショーツを初めてアメリカから英国に持ち帰るチャンスを得ると、その名声はさらに高まりました。現在誰でも知っているボクサーショーツは彼によるデザインの改良の賜物なのです。こうしてメンズアンダーウェアのパイオニアとしてのサンスペルの歴史に新たな一ページが加えられました。

工場の従業員は1917年までにその大半が女性に変わり、これは現在のロングイートンにも当てはまります。それから続く一世紀の間 、サンスペルとその品質にこだわった製品は多くの退役軍人、探検家、舞台や映画の衣装デザイナー、そして俳優たち(例のコインランドリーのニック・カーメンは言わずもがなですが...)に支持され、その輝きを放ってきました 。1950年代の運動着としてのポロシャツに使われていた重たいピケコットンを嫌って軽くソフトで通気性のよいワープニットの綿素材Q75を開発したピーター・ヒルも忘れてはなりません。

そして最後に、もっとも大事な人たちがいます。それは長い年月の中でサンスペルのメンズウェア、ウィメンズウェアを愛してきてくださった人たち。サンスペルの今日があるのもそんなみなさまのおかげです。そして願わくは、そのご恩をお返しするため、これからも一貫した信念をもって、他にはない素晴らしい肌触りの素材を作り続けていけますように。