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THE WHITE T-SHIRT

2018年10月09日

船乗りのためのワークウェアからワードローブの定番になったこのアイテムの魅力を、ジョシュ・シムズが語り尽くします。

ワードローブのなかで、少なくとも見た目には最もシンプルなアイテム。ミニマリストながらアイコニックであり、若さと反抗のシンボル…それとも単なるパジャマ代わり?メッセージやロゴが入ったり、プロテストアートやポップカルチャーの白いキャンバスでもありました。そして長い間、どちらかというとアンダーウェアと見なされて日の目を見ることのなかった存在。そう、Tシャツ、特に白いTシャツは衣服のグラウンド・ゼロなのです。

多くのファッションアイテムがそうであるように、当然Tシャツの起源はその機能にあります。第一次世界大戦前夜の1913年、アメリカ海軍は軍艦のメンテナンス時や銃を操作する時に理想的な袖の短い新型のアンダーシャツの着用を認めました。白という意外な色の選択は、汚れを見やすくなることで衛生に気をつかうため、そしてもちろん水兵たちの日焼けした肌に似合っていたからでしょう。とは言え、彼らが使っていたのは乾くのに時間がかかるウールのネル素材でした。

場所は変わって、英国ではサンスペルが20世紀初頭から熱帯の植民地用の長袖のアンダーシャツを作っていました。素材はコットンです。そして、半袖とコットン、このふたつのアイディアが合わさることで、現在わたしたちが知っているTシャツが生まれたのです。第二次世界大戦の影が見え隠れする時代、このとても便利な軍用アイテムは一般の人々に身近な存在になっていきます。シアーズ・ローバック百貨店が「もう軍に入隊しなくても、あなたのTシャツが手に入ります」という広告を出したくらいです。

サンスペルのヘンリーネックの肌着は、アメリカ海軍の半袖アンダーシャツに影響を受けて、今日わたしたちが知っているクルーネックになりました。

ジェーン・バーキンとマーロン・ブランド

Tシャツが全盛期を迎えたのは戦後のことです。『ライフ』など写真雑誌での掲載は物議を醸したものの、人々は男性の素肌に映えるTシャツを見ることに徐々に抵抗がなくなっていきました。以前なら顰蹙を買っていたことです。そして、1951年の『欲望という名の電車』から『乱暴者』、『理由なき反抗』そして1961年の『ウエスト・サイド・ストーリー』…弾けるユースカルチャーを描くハリウッド映画のおかげで、Tシャツはたぶんちょっと怖いくらいに新しく進歩的なものを象徴するアイテム、立ち上がる若者たちのトーテムになりました。

それから半世紀、今はもうそんな過去のイメージは諦めなくてはいけません。でもやはりTシャツはちょっと男っぽく、ちょっと反抗的で、そしてとても便利なアイテムなのです。

ジョシュ・シムズはジャーナリスト、そして『Icons of Men’s Style』の著者です。